東京は『ひとつの街』じゃなかった

東京へ行く前、正直に言うと「東京」という場所をひとつの大きなイメージで捉えていた。

高いビルが並び、人が多くて、どこを歩いても都会。
テレビで見てきた景色も、雑誌で見た街も、すべてが同じ方向を向いていると思っていた。

だけど、実際に歩いてみて気づいたことがある。

それは、『東京はひとつの街じゃない』ということ。

地図では近いのに空気が違った

東京の街の写真

もう5回も東京へ行っているせいか、
『東京』という街を知っているつもりだった。

ある日、僕は中目黒と目黒を歩いた。

路線図で見ると、ほんの隣の駅。
距離としては驚くほど近い。

だから最初は「少し雰囲気が変わるくらいだろう」と思っていた。

ところが、両方の駅を降りて歩き始めた瞬間、違う世界に感じた。

中目黒

人の流れがどこか軽やかで、歩く速度が少しゆっくりに感じる。
カフェやショップの距離感も心地よく、街全体に余白があるように見えた。

誰かに見せるための場所というより、
それぞれが自分の時間を贅沢に使っている。

「いつまでもここに居てもいい」と自然に思える感覚があった。

東京中目黒の街並み

目黒

そこから少し移動しただけなのに、空気が変わる。

落ち着きがあって、生活の気配が濃くなる。
仕事へ向かう人、日常を過ごす人、そのリズムが街の中に静かに流れていた。

中目黒が“過ごす場所”なら、
目黒は“暮らしている場所”。

同じ東京なのに、歩くテンポも、視線の高さも違って感じた。

東京目黒駅周辺

想像していた東京と実際の東京

東京に来る前は、「都会」という言葉で全部をまとめていた気がする。

でも実際は違った。

駅ひとつで文化が変わり、
数分歩くだけで人の空気が変わる。

東京は大きな街ではなく、
小さな世界がいくつも重なってできていた。

僕はいつも、場所そのものよりも、
そこに流れている空気を『贅沢な静けさ』だと感じているのかもしれない。

その違いを感じた瞬間、ただ移動しているだけなのに、旅をしているような感覚になった。

何気なく書いた投稿

東京駅前のビル

その感覚を、帰ってからThreadsに書いた。

「中目黒と目黒って、実際に行くとまったく違う世界なんやなぁ」

ただそれだけの気づきだった。

けれど、予想以上に多くの反応が届いた。

いいねやコメントだけじゃなく、
「わかります」と共感してくれる声や、
それぞれが感じている東京の魅力が次々と返ってきた。

そこで改めて思った。

同じ街でも、見えている景色は人によって違うんだと。

街の中にいる人の視点

特に印象に残ったのは、実際に目黒に住んでいる方からのコメントだった。

日常としてその街を歩いている人の言葉には、
外から見ただけでは気づけない時間の重なりがあった。

さらに、街に関わる立場の方からも言葉をもらい、
自分が感じた印象の奥に、もっと多くの物語が存在していることを知った。

僕はただ歩いて、感じたことを書いただけだった。

でも、その言葉に誰かが応えてくれたことで、
街の輪郭が少しだけ深くなった気がした。

街は正解ではなく重なりでできている

外から来た人が見る東京。
そこに暮らす人が見ている東京。

どちらが正しいわけでもなく、
その視点が重なることで、街は立体的になっていく。

歩いて見えた景色に、
誰かの言葉が重なったとき、
同じ場所なのに少し違う意味を持ちはじめる。

東京は、完成された場所じゃなかった。

関わる人の数だけ、姿を変え続けている場所だった。

また歩いて確かめたくなる街

歩いたことで見えた東京。
言葉にしたことで広がった東京。

発信したことで、場所との距離が少し変わった気がしている。

まだ知らない街が、きっとたくさんある。

だからまた、歩いてみようと思う。

歩くたびに、見えてくるものは少しずつ変わっていく。

写真を撮るときも、それは同じなのかもしれない。

次はどんな空気に出会えるのかを確かめながら。

静けさを感じる、もうひとつの世界へ。

静けさを感じる、
もうひとつの世界へ。

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