肩書きに“物語”を。『写真家』それとも『写真作家』にしようか悩む日々

「ご職業は?」と聞かれたとき、ずっと答えに迷っていた。

今の自分の活動を考えると『写真家』という言葉では、何かもの足りない気がしている。

とわ言っても、「アーティスト」や「デザイナー」とも少し違う。

いつも不自然な間をおいてから、「僕はクリエイティブ系の仕事をしている」と答えてきた。

そんな曖昧に答えてきたのは、自分の中でも“何者なのか”を整理しきれていなかったからだろう。

だけど僕は、今2つの肩書きに決めようと思う。それは『写真家』か『写真作家』である。

この記事を書いた数ヶ月後には『写真作家』と決めることができたが、決して「カッコつけ」や「ナルシスト」な考えではなく、ちゃんとした理由がある。

今回は、自分が『写真家』なのか『写真作家』なのかについて綴ろうと思う。

写真という枠を越えて

まず、僕が撮りたいものは風景そのものではなく、風景がもたらす“余韻”や“感情”であって、写真はその入り口であり、表現する手段のひとつと考えている。

だけど、額装作品をつくるときやコラボ企画をするときに、写真だけでは表現できない“何かを届けている”ことに気がついた。

それは空間だったり、時間だったり、言葉だったり。視覚だけではなく、体感できる静かなアートを作っていることに気がついた。

一度見れば終わりのような作品ではなく、肌で静かな流れを感じれる作品。

それはまるで、ゴーグルをつけたVRのような感覚に似ているかもしれないが、僕が目指す静けさは、“装飾”によって感じるもの。

それを意識してた僕は、自ら「写真家」と呼んできた。

ところが、アートブランド『雨の雫』を立ち上げてしばらく経った時、『写真家』という肩書きに少し違和感を感じていた。

もちろん『写真家』という肩書きは素晴らしく、そう呼ばれると嬉しさはある。

だけど、写真と言葉を届けるなら『写真作家』と呼ぶ方が合っている気がする。

「雨の雫」に込めた哲学が肩書きの根拠

まだ知らない人も多いので、ここで少し話しておきたい。

先ほど『アートブランド雨の雫』という名前が上がったが、僕は現在、雨の日の静けさを届けるために、雨に特化したブランドを立ち上げた。

それが、『アートブランド雨の雫』である。

写真家リョウの個人ブランド雨の雫

「雨の日だからこそ味わえる静けさ」
「葉に落ちた雫の美しさ」

そんな繊細な感情や余白のある時間を、写真・言葉・空間でデザインしたい。

ブランド『雨の雫』を立ち上げたのも『“撮ること”を超えて、“感じる空間”を届けたい』という想いがあったからだ。

「写真作家」という肩書きには、このブランドの哲学、制作姿勢、そして日々の表現、ストーリー性を感じる写真をすべて込められる。

肩書きは現在地であり、これからの指針

僕はこれからも、写真を軸に言葉と空間で感情を届ける表現を追求していこうと思っている。

コラボ企画、展示会、空間演出など、“写真を撮る”という枠を越えた企画を進めて、静かに広げていくつもりだ。

だからこそ、『写真作家』と名乗る方が自然なのではないだろうか。

それは、今の自分の立ち位置であり、これからの進む道を指し示す言葉にもなるだろう。

最後に

肩書きは、自分の物語を語るひとつの手段だと思っている。

だからこそ、僕は『写真家』なのか『写真作家』なのかで迷っている。

迷っているときほど、自分では気づかない“今の立ち位置”を誰かが教えてくれる。

そんな言葉たちに背中を押されて、ようやく名乗る勇気がもてるだろう。

写真作家としてなら、雨のように静かに、でも確かに、心に届く表現をこれからも続けていきたいと強く思うことができるかもしれない。

もう少しで答えが出そうなので、改めてどっちに決めたのかお知らせしようと思う。


【追記】
2025年の夏に、『写真作家』として新たなスタートをきることにした。

静けさを感じる、もうひとつの世界へ。

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