MONOCHROME DAILY #1|京都で探す、色のない静けさ

モノクロ写真を撮り歩いていると、ふと思うことがある。

「これは、ただの記録写真ではない」と。

人はきっと、知らないうちに自分に合う居場所を探している。
僕にとって、色のない世界は一番安心できる場所なのかもしれない。

僕が撮る写真には、カラーとモノクロの二面性がある。

それは決して、「カラーが人気が高いから」とか「モノクロはオシャレだから」と言った簡単なものではない。

僕が表現したいのは、同じ風景に存在する並行世界を表現した写真である。

カラー写真は 、シネマティックな世界で人の気配を感じる『存在』。モノクロ写真は、静けさを感じる世界で心の奥で感じる『余白』。

ぜひ、この『平行世界』をイメージしながら本記事を読んでもらうと、楽しく思えるだろう。

『静けさと賑わいの境界線』

僕がつくる写真は、カラーで撮影してLightroomでシネマティックな質感にし、静けさを感じる写真だけがモノクロ写真となる。

色のない世界(モノクロ写真)は、光と影だけが強く印象に残り、色の記憶がほとんど残らず、まるで、景色の中から音だけがそっと抜け出たような感覚になる。

しかし、色が消える代わりに輪郭が浮かび上がる。これが、モノクロ写真の魅力だ。

アーケードの柱の間隔、
地面に落ちる光の角度。

聴き慣れているはずのシャッター音でさえも、特別に感じる。

普段は、”背景”として流れているモノなのに、モノクロにすると“主役”へと変わっていく。

心の奥では空白が生まれ、“静けさ”だけに包まれる。

おそらく僕が感じていた『静けさ』は、人がいない静かな場所だからではなく、情報が整理され、視線が迷わなくなったからだろう。

色がある世界(カラー写真)は、豊かで感情を強く動かし、景色は少しだけ呼吸を整える。

風景だけを捉えた写真だったとしても、どこかで人の気配を感じ、日常の物語が見えてくる。

そんな人の“存在”を感じる写真は、まるで映画のワンシーンのようにも思えてくる。

そんな朝の商店街にも、カラーとモノクロの平行世界があった。

カラー写真で感じる『存在』

晴れた日の午前、僕は京都の商店街を歩いていた。
この日は、静けさを感じるモノクロ写真を探すことだけを目的に、一眼レフを持って外へ出た。

とくに目的地を決めず、なんとなく京都の商店街へと向かった。

アーケードの隙間から差し込む朝の光が、まだ目覚めきっていない商店街の道を静かに照らしている。

地面には細く伸びた光と影が重なり、歩くたびに表情が変わる。

それを見ているだけでも、心が整う。

観光地として知られる京都でも、この時間だけは少し違っていた。

人の気配はあるのに、まだ街は動き出していない。

シャッターの閉まった店先。
準備前の看板。
誰もいない通路に照らされた光。

写真家リョウが撮影した京都の商店街

完成された景色というより、これから始まる直前の空気。その未完の時間の中に、言葉にはできない『ドラマ』を感じた。

カメラを向けながら歩いていると、時間は思っているより早く進み、気づけば店のシャッターがひとつ、またひとつと開き始め、通りに音が戻ってくる。

写真家リョウが撮影した京都の商店街

さっきまで確かにあった人の『存在』が、ゆっくりと確信へと変えていく。

商店街を抜けてメイン通りに出ると、景色は一変し、観光客で埋まった歩道、交差する声、絶えず動き続ける人の流れに出会う。

写真家リョウが撮影した京都のメインストリート

ほんの数分前まで歩いていた場所が、まるで別の世界のように感じられた。

同じ場所をモノクロにすると見えてくるもの

あの『存在』は、ただ人が少なかったから生まれていたわけではない気がした。

僕は、目の前の景色を見ながら、こう思った。

「この場所をモノクロにすると、どんなふうに見えるのだろう」

写真家リョウが撮影した京都の商店街

カラーのままでも、光は十分に美しい。だけど、視線はどうしても看板の色や商品の装飾、細かな情報へと引き寄せられてしまう。

街は本来、多くの色でできている。それは賑わいでもある。

カラーでは人の存在を感じていたのに、モノクロにすると『静けさ』に変わるのが不思議だった。

『なぜ静けさを感じたのだろう』

光と影だけが強く印象に残り、色の記憶がほとんど残っていない。まるで、景色の中から音だけがそっと抜け出たような感覚。

モノクロに変換すると、色が消える代わりに輪郭が浮かび上がる。

写真家リョウが撮影した京都の商店街

アーケードの柱の間隔、地面に落ちる光の角度。

聴き慣れているはずのシャッター音も、特別に感じる。

普段は背景として流れているモノなのに、静かに主役へと変わっていく。

おそらく僕が感じていた静けさは、「静かな場所」だったからではなく、情報が整理され、視線が迷わなくなった瞬間に生まれていたからではないだろうか。

色がある世界は豊かで、感情を強く動かす。けれど、色を手放したとき、景色は少しだけ呼吸を整える。

その余白の中で、ようやく見えてくるものがある。

あの朝の商店街は、モノクロで見ることで初めて、本来の静けさを語り始める場所だったのかもしれない。

写真家リョウが撮影した京都のメインストリート

だからこれからも、2つの平行世界を届けようと思う。

カラー写真は、人の『存在』を感じるシネマティックな写真。

モノクロ写真は、心の奥に生まれた『静けさ』を感じる写真。

静けさを感じるモノクロ写真ギャラリー

忙しない日常に、
ほんの少しの静かな時間を。

光と影のあいだに、
言葉にならない何かが残る。

今、心に残った余韻の続きを——
Artgeneに置いています。

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