ただ撮るだけじゃ伝えきれない。これから僕は“写真作家”になる

『写真家』という響きはとても好きだ。だけど、今の自分の活動に合った肩書きかと聞かれると、少しだけ違和感を感じてしまう。

 『写真家』とGoogleで検索をすると、

写真家(フォトグラファー)とは、写真撮影を職業とする人、写真作品を制作する人。

と説明されている。

定期的にお子様の写真撮影や依頼を受けて撮影をしたことがあるので、自分も『写真家』と言ってもいいのかもしれない。

だけど、僕がこれから目指す未来の姿は、写真表現を追求して自分の心の中にある世界を写真と言葉で表現するものになる。

いわゆる、芸術的要素が入った写真を撮る人と考えると、『写真作家』と表記する方が自然だろう。

僕にとって「写真を撮る」とは何か

これまでにも何度か、「子ども写真」や「記念写真」の依頼を受けたことがあるが、本当に自分が撮りたいものを考えてみると、たどり着いたものは『表現』だった。

自由に街を撮り歩き、時には雨の日の世界を撮ったり、素晴らしいモデルの方と作品撮りをする。

それは「ただ綺麗に撮る」だけではなく、その奥にある“何か”を求めている自分に気づいた。

まだうまく言えないけど、それは “伝えるために”撮る写真ではなく、自分の心の芯(COA)から、“にじみ出てくる世界”を形にしたいという要求が強くなったのだろう。

僕にとって「写真を撮る」とは、心の芯(COA)から溢れ出た世界を映し出し、言葉で静かに載せるキャンバスである。

「写真作家」という言葉に出会った瞬間

「写真作家」という言葉に出会ったのは、特別なストーリーがあるわけではない。

今、進めているキャンドルとのコラボ企画を始めたことが、「写真家」から「写真作家」への転身を考えるキッカケだった。

綺麗な写真を撮ることはとても素晴らしいことだと思うが、今の時代、高額な一眼レフを購入すれば綺麗な写真を撮ることはできる。

もちろん、多少の撮影技術は必要になるが、綺麗な写真を撮ることができれば商業写真家になることもできるだろう。

ただ僕は、「綺麗な写真を撮る人」で写真人生を終わらせたくない。

欲を言えば、ニューヨークが生んだ伝説の写真家ソール・ラーターのように、彼にしか撮ることができない写真を未来に残したい。

いつもみている日常の世界なのに、彼が撮るとそこには心が惹きつけられるようなドラマが生まれる。

僕はこれまで、写真家ソール・ライターを意識して写真を撮って、そのスタイルに、自分の表現スタンスが近づきつつあると思っている。

そんな彼のような“写真”と、自分が得意としている“言葉”を組み合わせて世の中に届ける。

そう思っていた時に出会ったのが、現在コラボ企画を進めている“キャンドル”だった。

自分が撮った写真をただ届けるのではなく、言葉とキャンドルで『静けさ』を届ける創作活動。

それが『写真作家』への転身となったのである。

写真作家としてのこれから

今後、僕が思い描いている未来は、静かな時間を贅沢に感じてもらえる写真を届けること。

それには写真だけでは実現することは難しく、自分らしい“言葉”を押し付けず静かに自然に届けること。

僕は自分のことを『自由でのんびりしている』性格だと思っている。

「今日は写真を撮りたい気分」と思ったら、時間を気にせずに街を自由に撮り歩くこともある。

そうやって撮り歩いていると、心の中にあるモヤが薄れてって心の中に『余白』が生まれてくる。

そういう状況で撮った世界に言葉を添えた写真は、自分自身も見ていて心が「スッ」となる。

単に写真を見せるのではなく、作品として言葉を載せて静かな空間を創り、心に『余白』が生まれる。

そんな作品を届けるような活動をしていきたいと思う。

モノクロ写真という選択肢

写真作家に転身したことで、今以上に自分の写真に思いきって深みをだす決意にもなった。

その深みの一部として、モノクロ写真で『写真作家リョウらしさ』を表現してもいいだろう。

例えば、夏の暑い季節に大阪を撮り歩いたこちらの写真。

写真作家リョウの作品

大阪の街は高層ビルが立ち並び、人通りも多く喧騒なイメージがあるが、その中にも一瞬の『静けさ』を感じることがある。

この写真をモノクロにした理由には、大阪の街に静けさを感じたその一瞬の世界を表現したかったからだ。

色という情報をなくすことで、喧騒の街に流れた一瞬の『静けさ』を表現している。

この世界は、僕が実際にその場所にいて感じた『静けさ』で、僕の心の中ではモノクロになった瞬間だった。

この写真は、Artgene(アートジーン)というオンラインプラットフォームで出品していて、額装とセット購入が可能になっている作品。

ただし、作品数は5点限定となっているため、売り切れの際はどうかご容赦ください。

最後に

写真家から写真作家になったからといって、写真家を否定的になっているわけではなく、目的が明確になったということである。

今の自分の活動を考えると、写真、言葉、キャンドル、雨など、自分らしい世界観を届けるには『写真作家』という言葉がシックリくる。

これからは記録を残す写真ではなく、もっと自分の心の芯(COA)にある世界を表現し、その写真が誰かの心に静かな余白を灯すことができたなら、それほど嬉しいことはない。

静けさを感じる、もうひとつの世界へ。

静けさを感じる、
もうひとつの世界へ。

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